昨日美味しい牡蠣をお腹いっぱい食べた上にお酒飲んで、さらにその後江川達也氏の「マンガ最終戦争論」読んでめがっさハイテンションになったのでたまには思いっきり釣りっぽいタイトルにしてみたし、実に久しぶりに技術以外の話題を書いてみる。 日本人を幸せにするたった一つの方法、それは・・・ 「given and give」の精神 です。 まず「given」、つまり与えられます。親が産んでくれることで人生を与えられます。食事を与えられます。養ってもらえます。教育を与えられます。会社に入るなり自分で商売を始めるなりした後も、先達や周りの人から助けてもらうこともあります。 そしたら、お礼として「誰かに」giveします。別に「given」してくれた人に直接お礼をする必要はありません。誰か困っている人と出会ったらでも良いですし、あるいは会社の事業や自分の商売でお客に対してでも良いです。何かしら役に立つものを作り、与えます。これも、無償で与えなければならない、というわけではなく、お金を貰っても構いません。 「give and take」と違うところは、見返りを求め合うのではなく、見返りを求めない「give」である点です。 「give and take」は見返りを、お返しを相手に求めます。 「given and give」は、与えるときにお返しを求めません。 なぜなら、最初に来るのは「given」であり、既にどこかから与えられているからです。 「given and give」で「give」するのは、見返りを求めるからではなく、既に与えられたことに対するお返しです。 そして「given and give」は1対1の関係ではなく、自分と周囲の環境の関係です。自分に何かを与えてくれるのは周りの環境全体であり、自分が何かを与える対象も特定の誰かではなく、周りの環境全体で、その内たまたま縁が合った誰か、になります。これも「give and take」と大きく異なる点と考えています。特定の相手に対するやり取りではないので、与えてくれた人・モノと、与える先の人・モノは違っていても構わないのです。 つまり、「given and give」の精神に従えば、「与えられたことに対して『返さなければならない』」義務や、「与えたことに対して『返してもらわなければならない』」期待など存在しません。相手に求めたり、自分で義務感を感じることはないので周囲との関係はずっとリラックスしたものになります。 与えられたら、「ありがとうございます」と感謝すればよく、「何かお返しをしなくちゃ」と焦る必要はありません。 与えたら、「与えられたお返しをすることが出来ました。」と与えた相手に感謝すればよく、「代わりにあなたはこれだけのものを私に返さなければなりません」と相手に強要することもありません。 与えられても、何も与えることが出来なければ、「ごめんなさい、今自分は何も与えるものがありません」と心のなかでゴメンナサイしておけばOKです。子どもや老人は与えられるだけになりがちですが、それに対して罪悪感を感じる必要はなく、変に義務感を感じることも無く、ただ、「ありがとうございます」と感謝すればOKです。 日本人は狭い島国に単一民族で固まっています。そのような環境で「give and take」してしまうと、義務感と期待感による緊張が増加していきギスギスしてしまいます。だからこそ、相手に期待せず、また自分も過剰な義務感を感じなくて済む「given and give」を軸に据えることで、もっとリラックスして人生を楽しむことが出来るようになると、勝手に思っています。 また念のためですが、貨幣制度を否定しているわけでは無いです。貨幣制度の良し悪し、資本主義の良し悪し、商売するときのポリシーの良し悪し、は分かりません。それは個々人の人生ではなく、十億人単位で動いている世界の流れの中での話になってしまいます。 「given and give」はあくまでも個々人の日常の生活をもっとリラックスさせるためのライフハックであり、今すぐボランティア活動をしなければならない、というような話ではありません。 「~しなければならない」、「~せよ」と誰かに求めるのではなく、まず自分自身がリラックスして人生を楽しみましょう。リラックスして人生を楽しむ人が増えていくことで、きっと、社会全体がリラックスして朗らかなものになっていきます。 ・・・仏教の「布施」の話を塩コショウ加えて今風にアレンジして見ました。お口に合いましたでしょうか? ---- 余談:タイトルと冒頭の文章以外、あえて「幸せ」という単語を使っていません。なぜかというと、幸せってなんなのかは個々人が一生懸命頭を捻って、それぞれの人生ごとに考えないといけない、非常に難しい内容だと思うからです。 で、そんな難しくて中々答えのでない問題を考えようとすると、日常からリラックスしていないと、良いアイデアは思いつきません。頭も回転しません。なので、まずはリラックスしましょう、という流れです。リラックスして日々を過ごしていくことで、「幸せって何だろう」という非常に難しい難問に対して自分なりのベストアンサーを考える余裕も生まれるのではないか、と勝手に思っています。