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日記/2019/01/28/最近の仏教思索, 中学時代の恐怖 (v1)

日記/2019/01/28/最近の仏教思索, 中学時代の恐怖 (v1)

日記 / 2019 / 01 / 28 / 最近の仏教思索, 中学時代の恐怖 (v1)
id: 1456 所有者: msakamoto-sf    作成日: 2019-01-29 01:26:17
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今朝は悪夢で目が覚めた。
悪夢の細かい内容は忘れたが、パターンとしては典型的だ。
中学時代。自分なりにクラス内でのコミュニケーションをやりくりしてきたが、どうも担任の気にそぐわなかったらしく、ふとしたきっかけで詰問が始まる。
担任は最初は穏やかに。徐々に「なんで?」と詰めていき、最後にいきなり怒鳴る。
その時の恐怖。

ただ、今回は覚め方が違った。
詰問の途中で、夢の中の自分が、徐々に持ち上がっていく恐怖を認識した。
そこで「なにか違う」という違和感から急速に「これは夢だ」という認識につながり、そこで目が覚めた。

以前ならそのまま夢は進行し、怒鳴られ、「やはり駄目だったのか」という冷や汗。足の震え。など諸々のネガティブな感覚に津波のように襲われる。

今回はその前に、自分で意識を引きずり下ろした・・・というか引きずり上げた?格好になった。

目が覚めた後のまどろみの中で、なぜこのパターンの悪夢を度々見るのか考えた。
考えられる要因としては、とにかく中学時代にある。
このパターンの悪夢は決まって中学時代で、中学3年間ずっと変わらなかった担任の男性教諭から怒鳴られる、というパターンだからだ。

なぜそれほど恐怖を覚えるのかというと、とにかく「怒りのトリガー」が分かりづらい男性だったことが大きい。
例えば入学後一週間ほどの中での部活動見学だったか・・・とにかく、クラス全員で学校内で敷地に出た。
が、敷地に出て集まったところで、その男性教諭は一向に動こうとしない。何かを待っているかのように動かない。
10分、15分ほどして生徒全員が違和感を感じて落ち着かなくなったころ、「上履きのまま外に出てんじゃねぇよ」と一喝。
全員を一旦校舎内に戻して、上履きを雑巾で水拭きさせた。

些細だが、こんな例もあった。
授業後の掃除が終わり、帰りの会が始まり、その男性教諭が教室に入ってくる。
たまたま掃除当番が片付け忘れたのか、腰ほどの高さの移動棚にゴミが入ったちりとりが置かれたままだった。
その男性教諭はいきなり、「忘れてんじゃねぇよ」だったか、とにかくいきなり不機嫌な言動を発してちりとりごと移動棚をバタン、と倒した。

未だに詳細不明だが、こんな例もあった。
朝の自習後は朝の会に進むのだが、いつまで経っても男性教諭が教室に入ってこない。
クラス会長などが職員室に様子を見に行っても、いない。聞いてみてもはっきりしない。
他の教諭による授業が始まり、やむなく朝の会をなしで一日が終わる。
生徒の噂によると、どうもその男性教諭が、朝の自習時間で別のクラスにたまたまか何かで入ってきたときに、そのクラスの生徒がその教諭を馬鹿にするようなアクションをとってしまったらしい。
それでキレた教諭が、一日中「何か」をそのクラスでしていたらしい。
帰りの会になってようやく顔を見せたその男性教諭は、開口一番、「たまに大きな声だすとスッキリするね」と発言した。
なぜ自分は朝の会に出ず、丸一日すっぽかしていたのかを一切話さずに。

他の男性教諭だが、こんな例にも遭遇した。
その男性教諭は、キレた時の暴力が凄まじいことで生徒間では密かに有名だった。
とはいえ、めったにキレることは無い。
ただ、その男性教諭が担当した体育の授業が終わった瞬間に、いきなり「てめぇ後ろ向いてんじゃねぇ!」とボールが飛んだ。
どうも、授業終了時の挨拶の礼で、後ろ向きかなにか、とにかく「その男性教諭にとっては」気に障るアクションをした生徒が居た、ということ。
その教諭はその生徒をひっつかんで、体育館の用具室に引きずっていってボールを投げつけていた。

・・・書いてて、よく新聞沙汰・警察沙汰にならなかったものだ、と思う。

総じて「キレたときの暴力」が印象的であり、また、「何が原因でキレるか予測できない」という点も恐怖の一因だった。
何しろ、それまで普通のトーンで話していた教師が、生徒のちょっとしたアクションでいきなり「舐めてんじゃねぇぞ」という恫喝的な口調に切り替わるのだ。

そうしたことを思い出しながら、ふと、「あれ、これってDVっぽくね?」と思った。
まず教師と生徒では圧倒的に一方通行の権力構造がある。端的に言って、生徒が教師に反抗するのは、論理的にも物理的にも難しいところがある(と、当時は思っていた)。
教師が怒って、授業を止めてしまったら、困るのは生徒だ。
つまり生徒は教師を怒らせたくない。
教師は、ふとしたきっかけでキレる、つまり豹変する。
ただ、嵐が過ぎればいつものトーンに戻り、生徒との間で笑顔も出てくる。

生徒・・・というか、当時の自分にしてみれば、教師は腫れ物のように扱うしかなかった。
朝の会で、たまたま教室が数分落ち着かなかっただけでキレるかもしれない。
集団行動で、たまたま教師の中のルールに抵触する行動が発生しただけでキレるかもしれない。
しかも、キレ方として生徒たちが自分で気づくまでいやらしく、じっと待つのだ。
でも生徒の方では教師が何も言わずにじっとしてるので、どういう状況が進行しているのかわからない。
ただ一つ推測できるのは、自分たちはまたこの、理解不能な男性教師の機嫌を損ねたらしいということだけ。
それで男性教師が、重たい口を開くのを待つしか無い。

明示しないマイルール。
不機嫌であることを表現し、それを察するように求める圧力。
察することができなかった場合の恫喝・怒り・示威行為。
たまに見せる優しさ。

DV・・・というかなんというか、もうアホな大人以外の何物でもない。

こんなアホで未成熟で救いようの無い教師どもに、中学3年間、心理的・物理的に支配されていたのかと思うと、泣きたくなってくるというか呆れる。
(というか書いてて思ったが、これ、今の御時世だったら速攻で騒ぎになるようなギリギリのラインじゃね?実際、他にも別の男性教諭によるガチの暴力沙汰もあったし・・・マジでなんだったんだあの3年間・・・・)

他の要因もあったが、自分の性格は、中学以降、はっきりと変質した。
自分はふとしたトリガーで昔の嫌な思い出・・・つまり、後悔や恥ずかしさ・恐怖・など諸々のネガティブな衝動に駆られるような記憶が頭の中でフラッシュバックする。
そのときの記憶は、まず確実に中学以降なのだ。
小学校までの記憶は、ネガティブなフラッシュ・バックに出てくることはまず、無い。

また自分の現時点でのコミュニケーションスタイルとか気質なども、かなりの面で中学~高校時代に整備されたが、特に中学時代に大きく作り変えられてる。

それほどに、中学時代の3年間変わらなかったクラスは、小学校までと比べてカオスで、小学校までの常識と自信を散々に打ち砕き、ストレスフルだった。
正直、壊れる一歩手前でなんとか踏みとどまれた。

自分は、今朝までは、それの要因としてクラスのメンバーと自分の生い立ちの相性問題がメインだと考えていた。

今朝、そうではないんじゃないか?と、実に四半世紀ぶりに考え直した。

普段は問題ないのにいつ・何が原因でキレるかわからない、顔色を伺う教師共が絶対的に支配する空間。

彼らが、私の3年間を、踏みにじった。
もしかしたらもっと笑えたかもしれない3年間の記憶を、真っ黒に塗りつぶした。
四半世紀過ぎても悪夢として登場するような、恐怖の「根」を私の心に植え付けたのだ。

私のせいだけじゃない。

教師も、おかしかったのだ。

・・・とここまで考えてきたところで、さらに気づく。
確かに中学時代にいろいろとショックを受けたことで、ネガティブな記憶のフラッシュバックが頻発するようになったかもしれない。
だが、なぜ?

なぜ、「ああ~~~、あのときあんなアクションを取るんじゃなかった」とかそうした後悔するだけの記憶を、フラッシュバックで連発するのか?

一つには、小学校時代まではかなりおしゃべりだったが、逆に、相手のことを考えずに好きなように発言していたことがあり、それへの戒めという面がある。
それは自覚しており、中学になってから、自分の発言に対してストレートな反応、時には暴力的な反応が帰ってくるような同級生に囲まれたこともあり、自分が今までどれほど迂闊に発言し、他人を傷つけていたのかつくづく思い知らされた。
それが、中学を境にした性格の変質の一要因ではある。

ということは、自分への戒めが自動で発動しているとも考えられないか?

二度とあのような真似をしないよう、自分の中で「後悔の感情を生起させる記憶」がストックされていて、ふとしたキーワードに関連して勝手にそれが記憶から引き出されてくるのではないか?

その目的は?
・・・生きること。
生きるために、他人とうまくコミュニケーションを取るために、二度と同じ失敗をしないために、何度も何度も「自分はこうして失敗した」という記憶をフラッシュバックさせて強化学習させる。
それが、フラッシュバックの仕組みではないだろうか。
つまり、自分でも認識の及ばない領域で、「なにか」が必死に生き延びようとあの手この手を弄していて、そのうちの一つがネガティブ感情を誘起させる記憶のフラッシュバックではないだろうか。

小児喘息だった子供の頃からずっと、自分の意識の範囲外で、自分の中の「なにか」が必死に生きようとしていた。
喘息で呼吸が苦しかったときも、
風邪で嘔吐したときも、
喘息の薬を毎日毎日飲んでいたときも、
アトリエに通って絵を描いていたときも、
あのときも、このときも、そして中学での恐怖支配の中でも。
「それ」が必死に生きようと、生き延びようとしていたし、今もそうしている。

「火」
そうとしか、認識できない。
あくまでもイメージの上でだが、生き延びよう、生きようとする圧倒的な熱と光。
中学時代に真っ黒に塗り潰された、でもその片隅にちらほらと残っていた色。それが、この火だったのだろう。
いつもいつも、ギリギリの崖っぷちにいくか行かないかのところで、直感として自分を突き動かしていた「なにか」、それがこの火だったんだ。

自分は、ずっと生きようと、生き延びようとしていたのだ。

そのような認識が発生したとき、歓喜で涙した。

これは煩悩とも違う、どちらかといえば「業」に近いのだろう。
そして・・・もしかしたら・・・初期仏教は、この「火」を消すのが、ゴールなのかもしれない。
なんとなくだが、この「火」は人間が生きようとするものすごいエネルギーで、だからこそ、ここから様々な情動や認識が発生してくる。
これが消えると、おそらくそうした情動や認識も、消える。
生存本能を消すというよりは、生存本能に反応する機能が、消えるというべきか。

これを消してしまうことができれば、なるほど、「生存は潰えた。二度と生まれることはない」と宣言できるような気もする。

ただ、消してしまっていいの?これ。
なんか、消してしまうと、自分として継続できるのか不安になるのだが・・・

初期仏教の時代は、この火が生み出す諸々の情動と認識が、苦しみの一因だった。
きっと、耐え難いほどの。
そして釈迦を始めとしてこの日を消すことに成功した人たちは、もはや同じようにこの火が生み出す情動と認識、それによる物語の世界に生きることはできなくなり、サンガの中で生きるしか無くなったのではあるまいか。
また、それが可能な時代だったのではあるまいか。

正直、そこまでは・・・求めないかも・・・。

現代日本において、肉体的な苦痛は大分減り、むしろ精神的な「悩み」「苦しみ」がメインになった。
特にIT業界に身を置く自分にとっては。
そのための抜苦与楽として仏教に近づいたが、そのゴールとして出家してしまっては、なんというか本末転倒という気もする。

この火を消すところまでは、追い詰められていないし、消すのももったいない気がする。
在家の身として社会のルールの範囲内で現世の快楽を享受するのも、溺れない限りはそう悪いことでも無いだろう。
だから、求めるものとしては初期仏教のゴールとしての涅槃寂静は、若干ズレている。
そこまでは求めていない。
欲しいのは、意味と物語に絡め取られた世界にガッツリ浸りつつも、それでもなお自分の中の火をうまく活かす、そのためのメンタル・コントロールやメンタル・ケアとしての技法とアプローチだ。

長くなったが、悪夢で目が覚めた早朝と、その時の感覚を風呂場で思い返してつらつら思いを重ねたのが、以上となる。

正直自分が感じた「火」が、初期仏教で言うところの、吹き消すべき火であるか確信は無い。
もしかしたら仏教が説くのは別の火で、自分が感じた「火」は仏教であっても吹き消しちゃいけない「火」なのかもしれない。
ただあの「火」を認識した時に、自分は間違いなく「畏れ」を感じた。「この火を消したら、もう戻れない」と。
多分精神のトレーニングを重ねれば消せる気がする。でもそれをしてしまったら、もう戻れない。そんな予感を感じた。
いくら世間でがんじがらめにされる意味や物語から解放されるとしても、そこまでは求めていない。
確かにそう感じたのだ。

全ては自分の中の出来事で客観性もへったくれも無いのだが、それでもなんとなく、仏教の輪郭を捉えつつある。
そんな気がする。


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更新者: msakamoto-sf
更新日: 2019-01-29 01:27:23
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